日本語ボランティアレベルアップ研修 記録 5
講演「外国人の命を救う『やさしい日本語』」
2009年1月18日
■ 外国籍住民とその支援 ■
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■ 発表者
京都工芸繊維大学 水野義道さん
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■ やさしい日本語
Easy Japaneseに対応する日本語で、災害時、外国人に情報提供するのに適切なことばであり、その出発点は、1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災
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■ 阪神大震災における外国語による情報提供
1. FMヨボセヨ(後にFMわいわい)
神戸市長田区に1995年1月30日、開局し、韓国語と日本語で情報提供を行った。
2. Walavola
1995年1月22日に開設した、民間ボランティア団体による外国人地震情報センターである。
1月23日から電話による応対開始し、英・独・西・葡・中・泰・タガログの7言語で情報提供を始め、後に仏・韓・越を加えた。また、当初の言語にインドネ シア・ヒンディー・ベンガル・ペルシャ語を加えた、11言語のニューズレターを掲示・配布した。1995年6月、 外国人情報センターとなり、1995年10月からは、多文化共生センターになった。外国語による情報提供の利点は、母語とする人が、提供された情報を容易に理解でき、複雑な内容でも表現できることである。
問題点は、地域によっては、被災地に在住(滞在)する全ての外国人の母語をカバーすることが難しく、通訳の手配等にある程度の時間を必要とすることであ る。また、事前に準備した外国語による情報を提供する場合、その言語を理解できない人が行うと,意図したものと異なる情報を流してしまう危険性がある。
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■ 「やさしい日本語」による情報提供
利点は、日本語母語話者の日本人は、内容を理解した上で情報提供ができ、日本語母語話者は、「やさしい日本語」の特徴を理解、練習して、「やさしい日本 語」による文章を作成できることである。外国人は母語に関係なく、初級終了程度(初級後半~中級前半)の日本語能力があれば、基本的な内容の日本語が理解 できる。初級終了程度にあたる日本語能力試験3級レベルは、次の通りである。
1. 基本的な文法
2. 漢字 300字程度
3. 語彙 1,500語程度
4. 日常生活に役立つ会話ができる。
5. 簡単な文章が読み書きできる。
6. 300時間程度の初級日本語コースを修了したレベル
日本に来て初めて日本語を学習し始めた人の場合、4カ月~2年程度の日本滞在で初級修了程度の日本語能力を獲得できると考えられるが、日本語を学習しない人の場合には、滞在期間が長くてもこのレベルには到達しない場合もある。
問題点は、使用する語彙・文法が制限されるため、複雑な内容は表現ができないことである。
レベルを下げれば多くの外国人を対象にできるが,それだけ表現できる内容が制限される。
■ 日本人の子供にとってわかりやすい日本語と「やさしい日本語」との違い
母語話者の言語能力は6歳で13,000語。5歳ごろまでに成人が使うほとんどの文法を習得する。
一方、「やさしい日本語」の 語彙数は1,500~2,000語程度で、文法項目には大きな制約がある。「やさしい日本語」は日本人の子供にとってもわかりやすいが、日本人の子供がわ かる日本語は必ずしも外国人にとってわかりやすくない。
例えば、どんどん(使う)、グラグラ(ゆれる)、ぐずぐず(する)、さっさと(逃げる)等の擬音語・擬態語や、かがむ、伏せる、拭く等の和語である。
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■公開実験(2005年10月23日)
弘前市において、「やさしい日本語」は外国人に対する情報提供の手段として、どの程度有効かを公開実験した。
留学生を日本語能力が同程度になるように2つのグループに分け、それぞれのグループに「普通の日本語」と「やさしい日本語」を用いて地震発生時を想定した情報を与え,その反応からどの程度理解できたかを推測した。
協力者は、留学生88人と 小学生低学年30人である。実験項目は次の通りである。
(「○」は、「やさしい日本語」)
1. 聴解
1 火の元の安全を確認してください。
→ ○ ガスの火を消してください。
2 落下物に備えて,頭部を保護してください。
→ ○ あぶないので,帽子をかぶってください。
3 それでは,避難してください。
→ ○ それでは,逃げてください。
2. 読解
1 手を清潔にしてください。(清潔という語に正に反応)
→ ○ 手をふいてください。
2 飲料水を1本お持ち帰りください。
→ ○ 水を1本持って行ってください。
3 この出口を使用して避難してください。 この出口は避難には使用できません。
→ ○ ここから出てください。 ここから出てはいけません。
(国立国語研究所HP)
結果
(1) 聴解課題は「やさしい日本語(EJ)」の方が「普通の日本語(NJ)」より正しい反応をする率が高かった。
(2) 読解課題の2、3は、NJでも正しい反応の率が高く、差は見られなかった。
(3) 読解課題の1は、EJよりNJの方が正しい反応をする率が高かった。
(4) 小学生は聴解課題・読解課題の全てにおいて、EJの方が正しい反応の率が高かった。2006~2008年度には、留学生以外の外国人を対象とした「やさしい日本語」による情報提供の有効性の検証を群馬県伊勢崎市で日系ブラジル・ペルー人対象に実験した。
留学生は勉強することに慣れており、きちんとした日本語を身につけているので、留学生以外を対象にした。
また、「やさしい日本語」による案文、「地震時の緊急コメント」を日本語教育関係者4人で再検討し、 「やんしす」(やさしいにほんごさくせいしえんシステム)の試作を行った。
外国人が聞き取りやすく、日本人が聞いても我慢でき、読みあげる人の負担が少ないスピードは、どの程度かを知るため、「やさしい日本語」による文の読みあげスピードを検証した。
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■これからの課題
1. 「やんしす」の性能を向上させる
2. 「やさしい日本語」そのものの内容を充実させる(使用語彙・文法項目の確定)
3. 地震以外の災害や日常の生活情報についても「やさしい日本語」による情報提供が求められている。 「やさしい日本語」のカバーする領域を広げる。
4. 日本に在住している外国人の日本語能力を知るため調査をする。
5. 「やさしい日本語」に関する研究成果を多くの人に知ってもらうための広報活動をする。
6. 日本語力が低い、学習時間が短い人に「やさしい日本語」を浸透させるため、普段から日本人の常識的な地震知識(地震、余震、避難所等)を知らせておく。
7. 言語のひとつとしてやさしい日本語があるという認識で、常にやさしい日本語での情報提供を心掛ける。
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■やさしい日本語」研究会
日本語教育関係者、社会言語学研究者、統計学研究者、情報工学研究者、 放送関係者、弘前市関係者(消防・広報など)、医療関係者、出版関係者で構成されている。
「やさしい日本語」情報を得るためのキーワード
「やさしい日本語 弘前大学」、「やさしい日本語国語研究所」、mizuno@kit.jp-弘前大学社会言語学研究室と国語研究所「やさしい日本語」
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■ 「やさしい日本語」に関する刊行物
(1) 『災害時に使う外国人のための日本語案文-ラジオや掲示物などに使うやさしい日本語表現』 1999.3.25「国際社会における日本語についての総合的研究」の「災害時の日本語」研究グループ
(2) 『災害が起こったときに外国人を助けるためのマニュアル(弘前版)』1999 弘前大学人文学部国語学研究室
(3) 『新版・災害が起こったときに外国人を助けるためのマニュアル』2005弘前大学人文学部社会言語学研究室減災のための「やさしい日本語」研究会
(4) 『「やさしい日本語」が外国人の命を救うー情報弱者への情報提供の在り方を考えるー』2007「やさしい日本語」研究会
(5) 「『緊急時言語対策』の研究について」真田信治、『言語』 25-1、1996年1月号
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